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【身体哲学道場 湧氣塾-呼吸法,坐禅,骨格・姿勢矯正】HOME > セミナー情報 > 参加者の声

料金

K.Hさん 三十代男性

■第4回身体哲学セミナーを終えて

これまでセミナーに参加させていただいていつも経験していたことは、「集中稽古では何かが起こる」ということでした。しかし今回、セミナー前に首を痛めてしまったことや、仕事に追われる日が続いていたこともあり、「集中稽古で何かが得られるだろうか、セミナーならではのあの白熱した雰囲気についていけるだろうか」という不安をはじめは感じていました。しかし蓋を開けてみれば、そのような不安はまったくの杞憂にすぎないとわかりました。稽古が始まってしまうと、みなさんが作る場の力に乗せられて、当初は想像できなかったような氣力が身体の中から湧いてくるのを感じました。日を重ねるごとに、身体の内側から何かが引き出されるかのように、疲れているはずにもかかわらず、身体がおのずから動き出したくなっているような、不思議な感覚がありました。これだけでも、セミナーに参加した意味は大きかったと思います。

心配していた首の痛みも、稽古の時はすっかり忘れてしまっているようでした。2日目になると、前回のセミナーでも経験した「浮力」を感じるようになっていました。一度到達した場所には、二度目以降はより速やかに到達できるということでしょうか。稽古の積み重ねの重要さを、あらためて感じました。

小さな湧氣球6個を使った新しい稽古も新鮮でした。驚いたのは、3日目になると、手・指の骨のひとつひとつが、ばらばらに感じられるようになったことです。湧氣球6個を使うことでこのような効果が出るというのは、全く予想ができなかったことでした。湧氣球を片手に3つずつ持って音を出すためには、指をがんばって動かそうとしては駄目です。それではすぐに手から球が落ちてしまいます。音を出すためにはむしろ、手の各関節・骨同士を緩め、手の中で音が鳴るような適度な空間を作ってやる必要があるようです。結果として、手指の骨がこれまでになくばらばらに感じられたことは、大きな収穫でした。

またセミナー終了後にふと気づいたことですが、3日間の集中稽古にもかかわらず、筋肉痛になることもなく、疲れを感じることもなく、それこそ日常生活の中で身体に蓄積した垢が落ちたかのように、心地よい爽快さが残っているばかりでした。改めて考えてみればこれは大変なことだと思います。4回のセミナーを経て、確実に自分の身体は変わっているということなのでしょう。

もちろん、新たな課題も突きつけられました。ビデオ撮りを通じてわかったように、相当四肢を動かしているつもりでも、実際にはほとんど動かせていません。先生と比較すればよくわかりますが、まるで自分の体に鉄板か針金が入っていて、動きを邪魔しているように見えてしまうのです。自分の弱点でもある、首や胸部の硬さを再確認しました。

しかし他方で、外側から確認できる身体(外部身体)の動きとは別に、骨を内側から感じること(内部身体)の重要さもあらためて認識しました。結局のところ、稽古の中で示されるさまざまな動き(手を後ろにねじる、前にふる、頭の上に通す等々)も、内部身体において解読することによってこそ、初めてその意味が分かるということなのだと思います。そのとき、先生の示す動きが実は身体にとっては理に適ったことであり、身体がおのずと求める動きであるということが理解されるのでしょう。

私自身まだまだ先が見えないところはありますが、ここにきて、何か新しい段階に差し掛かっているような気がしてなりません。ある種のスランプ、とまでは言いませんが、これまで通りの稽古のやり方では先に進めないような、そのような岐路に立たされているように思います。

最後になりましたが、今回も本当の熱のこもったご指導をどうもありがとうございました。貴重な資料も多数ご用意いただき、ご準備も大変なことだったと拝察します。勇崎先生をはじめ、森先生や和保さんに、改めてお礼を申し上げます。

T.Nさん 四十代女性

■身体が目覚め始めている

前回のセミナーに参加して身体がある一定の制限から解放されたように感じられ私の身体自体が稽古を求めるようになった。私の中で一つの区切りがついたこともありできるだけ多くの時間を稽古に費やそうと思い実際に時間をとってみた。
そうするうちに何となく身体を動かさないと気持ちが悪くなってきたし、気が滞り重くなってくることにも気づいてきた。そして自分一人の稽古と、この場にきて先生の下で稽古をするのでは雲泥の差を感じる。

ここ数ヶ月の間、稽古を続けていくうちにこんな出来事があった。
お客様から頂いた一口サイズのチーズケーキのピースをお皿に取り分けていた時のことだった。話しながら取り分けていたらポロッとお皿からケーキを落としてしまった。そのとき何と私はとっさに手を出して床に落ちそうだったチーズケーキを受け止めていた。少々形は崩れたが床に落ちる事を防ぐことができた。落ちた瞬間に手が勝手に動いていた。そのときはまったく気づかなかったが続けて三回も同じような事があったため、あきらかに身体が変化している事に気がつき始めた。
 頭で考えなくとも身体が状況に応じて動き出している。
私の身体は目覚めているようだ。

今回は3日間のセミナーに参加した。
湧氣塾のセミナーはスケジュール通りに進めないことが特徴である。勇崎先生の身体が「流れ」とともにあるようにこの塾全体もそうだし、セミナー全体も流れとともに存在している。流れとともに始まり終わって行くのだが、自然に流れることができるのはその中心軸にある確固とした信頼なのだろう。もしこの中心軸がぶれていたなら規則や決めごとなとでリジットなコントロールが必要となってくる。もし湧氣塾がアカデミックな体制でセミナーをすすめたりしたならつまらなく感じるし、この「流れ」というエッセンスを伝えるのは難しいだろう。この塾の体制は一般的にこうしなければならないという規則のようなものや、こうするべきに捕われていないからあらかじめ決められているスケジュール通りになったためしがない。次に何があらわれるのかワクワクしている私がいること自体身体と心が緩んできているのだろう。場のすべてが生き物のように見えてくる。

そんな塾の自然さがとても心地が良いと感じるし様々なことから気づきと学びを受け取る事ができる。
セミナー中はたくさんのことを教えていただき体験することができた。
その中でも印象的だったのは勇崎先生との間合いの稽古のだった。
周りでは参加者がそれぞれ稽古をしながら場の状態は高まっていく。
先生が一人一人と向かい合って腹や胸の気の流れを作りながら間合いをとっていく。最初は何がなんだか訳がわからず見よう見まねで必死に合わせていた。先生に導かれながら続けていくとそのうち外側の騒々しさに向いていた私の意識が内側に集まってきてだんだんと時間が止まっていくように感じた。
まわりの音が遠くに聞こえて心の中がととても静かになっていった。
水の中に潜ったように自分の呼吸と心臓の鼓動だけがリアルに聞こえた。
そしてこの空間に感じられた流れにより添ってみると静けさだけになっていった。
周りには人がたくさんいたし、みんな楽しんで稽古をしていて笑ったり色々な音がしていたが別空間にいるように感じた。私の意識は冴えてきて何かとても神聖なものに触れた気がした。
このとき何かをつかんだように思ったが解釈しようとは思わなかった。
そうするとそれまでは必死にまねをして身体を動かそうとしていたざわざわした感覚からふっと頭も身体も軽くなった。
その後はなんとも軽やかな気分になり心の静けさがずっと続いていた。
今思うとこの経験はその場の「流れ」と在る時に心はとても静かで冴えているが滞っている状態では意識は本当に騒々しい世界を経験していることを身体を通して知った。
これまでに一瞬の気づきが人生を変えてしまうことを度々経験した。この静けさの経験はその一つに加わった。
人生を自我で操作したり防衛することは滞りそのもののように思うし、高い引力に導かれ無為に流れとともに過ごせたらどんなに素敵な人生になるだろう。身体を目覚めさせていく事で可能なことだと思えてきた。

身体が目覚めていくと心も目覚めていく。
前回のセミナーでは私の中で一つのスジがピンと通ったように感じたし、今何をすべきか教えてくれた。
今回のセミナーでの学びは間合いという場で生まれる流れの中にある静けさだった。
先生がみせてくれた世界は長年の修行で研磨されたすばらしい心の状態だった。

私は身体哲学の稽古を楽しんでいる。
ようやく本気で打ち込める場所と人たちに出会った気がした。
本気になれる師や場との出会いは錚々ないものだと思う。高いヴィジョンを持ち身体哲学を創造された勇崎先生やそれをサポートしている森先生、和保先生、槙島先生、塾を支えている皆さんに感謝を感じずにはいられない。

これからも身体という宝物を大切にしながら研磨し世の中にも貢献していきたいと感じています。

■今回の学び
身体構造 頭部と首、足について
首は浮いていることが大事
邪気の取り方とその必要性
身体はあらゆる事の能力の源泉
身体というアンテナ
自分で制限をつくることが身体に表れる
無人称
身体を機械にしない ロボットではない
間合いを取る
気配
それができた時に分かる
身体が聴いている


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